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センス・オブ・ワンダー

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かの「沈黙の春」 の著者であるレイチェル・カーソンの最後の作品。
海辺の別荘で、甥のロジャーと過ごした日々の随想を、美しく力強い文章で綴っている。

 子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。
 もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。
 この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。
「センス・オブ・ワンダー」 レイチェル・カーソン著 上遠恵子訳 新潮社刊 より

いやはや、まいりました。とてもとても素敵なエッセイです。
生物学者や作家というよりも、この女性はロマンチックな詩人ですねぇ。
思えば「沈黙の春」も、あの静かな恐怖を感じさせる序文がなかったら、その後大きな環境保護ムーブメントを巻き起こすきっかけとはならなかったのではないでしょうか。

 多くの親は、熱心で繊細な子どもの好奇心にふれるたびに、さまざまな生きものたちが住む複雑な自然界について自分がなにも知らないことに気がつき、しばしば、どうしてよいかわからなくなります。そして、
「自分の子どもに自然のことを教えるなんて、どうしたらできるというのでしょう。わたしは、そこにいる鳥の名前すら知らないのに!」
 と嘆きの声をあげるのです。
 わたしは、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭をなやませている親にとっても、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。
 子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。
幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。
 美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます。
 消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道を切りひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。
「センス・オブ・ワンダー」 レイチェル・カーソン著 上遠恵子訳 新潮社刊 より

子どもを連れて山歩きをしていると、「花の名前とか知ってないと、聞かれたときに格好悪いよなぁ」なんて思ったりもするのですが、大切なことはそういうことではないのですね。
せっかくの機会だから正確な知識を身につけて欲しい、と願うのも場合によっては間違いなのかも。

 人間を超えた存在を認識し、おそれ、驚嘆する感性をはぐくみ強めていくことには、どのような意義があるのでしょうか。自然界を探検することは、貴重な子ども時代をすごす愉快で楽しい方法のひとつにすぎないのでしょうか。それとも、もっと深いなにかがあるのでしょうか。
 わたしはそのなかに、永続的で意義深いなにかがあると信じています。
「センス・オブ・ワンダー」 レイチェル・カーソン著 上遠恵子訳 新潮社刊 より

ともかく、感動しました。
子育てをしている人にはもちろん、そうでない人にもオススメ出来る、味わい深い一冊です。

久しぶりに行った中古レコード・古書店でたまたま見つけたのですが、何となく気になって、そのままレジに向かったのです。
そういう本との出会い方って、なんだかイイものですね。

「センス・オブ・ワンダー」 レイチェル・カーソン著

  • 2009年1月31日 20:12
  • Posted by: かえる

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