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映画の魅力には様々あるが、散りばめられた伏線がひとつひとつ(あるいは一気に)解き明かされる瞬間の何とも言えない感覚は、重要な要素であるように思う。
どんなに素晴らしいラストシーンを迎えても、回収されずに終わった伏線(らしき場面)があると、「え、あの件は結局何だったの...?」となんだか落ち着かない気分になってしまうものだ。
誰とも口を利かず、孤独な毎日を送っていたハンナ。
働き過ぎを理由に、工場長になかば強引に休暇を取るように勧められ、彼女はある港町にやってくる。
休暇など欲しくなかった彼女は、油田採掘所で事故が起こり看護婦を探しているという話を聞き、「自分は看護婦だ」と告げる。
患者のジョゼフは重度の火傷を負っており、一時的に目が見えなくなっていた。
黙々と彼を看護するハンナ。
それぞれに謎と哀しみを抱えている採掘所の仲間達。
やがて、彼女の心の中で、何かが少しずつ変わっていく。
イザベル・コイシェの特徴なのだろうか、謎に満ちた美しい映像が続く前半の淡々とした展開と、その謎の答えが指し示される瞬間の鮮烈な残酷さ。
秘密を突然共有させられることになった我々の戸惑いが、そのコントラストの見事さを証明することになる。
しかし、海の底の暗黒がどれほど正確に描写されていたとしても、そこに差し込む一条の光が描かれていない映画には、何の価値もない。
少なくても、ぼくはそういうタイプの映画は好きではない。
もしかしたら世界は少しだけ良くなるかもしれない、という希望のまったく存在しない物語を、映画に望む人なんているのだろうか?
※以下、決定的なネタバレを含みます。でも、この台詞の意味の本当の深さは、観た人じゃないとわからないと思うけど。
もし2人でどこかへ行ったとするわ
「あなたになら言える秘密のこと」より
そしたらきっと ある日
今日じゃなくて
明日でもないけど
ある日 突然
私は泣きだして
誰にも止められなくなる
部屋は涙の海よ
私は息もできず
あなたを水中に引き入れ
2人で溺死よ
すべての伏線は大きな意味を持つ物語の一部となり、かすかな希望の兆しが差し出される。
少なくてもぼくにとって、映画の最大の魅力とは、こういうことだ。
泳ぎを練習する
「あなたになら言える秘密のこと」より
誓うよ
きっと泳いでみせる
- 2009年11月 3日 13:03
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