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冒険はそこにある - カールじいさんの空飛ぶ家

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ずいぶん前から色々な人に話しているのだが、朝日新聞朝刊に時々掲載される沢木耕太郎さんの「銀の街から」という映画評論エッセイが、個人的にスゴク好きです。

文芸でも映画でも、いわゆる評論家による論評や作品紹介というのを新聞や雑誌で目にする機会は多い。
しかし、その多くは読んでいてあまり楽しいものではないのだ。残念ながら、ぼくの貧しい読解力では、結局何を言いたいのかすらもよくわからない場合が多いからだ。
もちろん、内容が理解できないのはこちらの問題だが、そもそも読者に対して何かしらの訴求力を持つ文章にしようという意志の感じられないケースも少なくない気がするんだよなぁ。評論とはそういうものではない、と言われてしまえばそれまでですが。
で、それはともかく、「銀の街から」を好きな理由の一つは、評論の方向性が取り上げた映画に対して肯定的なものであっても否定的なものであっても、読み終わった後に必ず「あ~、この映画観てみたいなぁ」と感じさせる点にある。そして、映画を見終わった後に、ああっ!と頷く伏線も文章中にキチンと用意されているのだ。
そんなわけで、このエッセイを読んでいなければ観なかったであろう映画は、実はもうけっこうな数に上る。

しかし、この映画を見た大人に強く記憶に残るのは、家が浮く前に描かれるカールじいさんの人生であるような気がする。
気の弱い少年が気の強い少女と知り合い、長い付き合いの中で互いの愛の存在に気がつき結婚する。楽しい日々を送るうちに子供をもうけるが生まれる前に失ってしまう。それでも互いを慈しみ合い、少しずつ老いていき、やがて妻を見送らなければならないときを迎え、カールじいさんはついにひとり残されることになる・・・。
これをほとんど台詞なしに、わずか十分間で描き切ってしまうのだ。この十分間は、最近のアメリカのCGアニメの中でも比類がないほど美しい。もしかしたら、その十分間によってこの作品のそれ以降の一時間余が支えられているのだ、と言ってもいいかもしれない。
~中略~
最初から最後まで老人が主人公のアニメーションというのはかなり珍しい部類に属するだろう。そんなことが可能だったのも、偏屈そうなカールじいさんには、いつも最初の十分間で描かれた、気弱で夢見る少年の姿が二重写しになっているからなのだ。

朝日新聞 2009年12月8日朝刊掲載 「銀の街から」 沢木耕太郎 より

で、で、もちろん観に行きました。
「銀の街から」を引用までしているので、内容についてここでワタクシが駄文を連ねるつもりはございません。
でもですねぇ、世の中には「見ておかないと損をする映画」というのがあると思うのですが、これはその一本に推薦したいくらいの気持ちでございます。

叶えることが出来なかったはずの幼い夢は、実はとうの昔に少しずつ実現していたのかもしれない。
冒険は、そこにある。
そして、果たすべき約束のために、過去を捨てて「新しい冒険」を始める人間こそが、本当のヒーローなのだ。
その結果、勝者はかけがえのない「財宝」を手にすることとなる。
さて、その「財宝」とは?

こういった文章にすると陳腐なことを、ポンと夢のような感動に変えてしまうのが、優れた映画だけが持つマジックなのだと思う。
おもしろい映画って、本来「そんなバカなっ!」ということが、鑑賞中は大して気にならないものなんだよな。
たしかに、「もしかしたら、本当に風船の浮力だけで家も飛べるかもしれないと思わせてくれる驚きがある(前出「銀の街から」より)」作品です。
かな~り、オススメします。

ちなみに、ミドリも一緒だったので日本語吹替版にしたのだが、話題作りのためのヘンなキャスティングなどをしていないのか、声優さん達の演技もすごく自然で違和感がなく、もしかしたら字幕版で見るよりイイかも、と感じました。

なお、ぼくがこの映画を相当気に入ったことには、犬と暮らしているという状況が多分に影響しているのかもしれない。
これは宣伝などではあまり触れられていないようだが、この映画は犬好きな人だと別の意味できっと楽しめると思う。
いやはや、いつもボールひとつで簡単に騙されちゃうんだから、犬ってやつはアホだカワイイねぇ~。。。
クククッ。

カールじいさんの空飛ぶ家 ・オフィシャルサイト

  • 2009年12月11日 22:18
  • Posted by: かえる

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