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村上本棚 あるいは「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

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村上春樹の新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」、売れまくってるみたいですね。

龍と春樹の両村上氏は、学生時代からのぼくの2大アイドルなので、自室にはいわば「村上本棚」といった趣の一角があります。
棚の6段半が村上本で埋まっている状態。
新作が出たら、もちろん買わないわけにはいきません。
読んでしばらくしたら、細かい内容は記憶の彼方に消えていってしまうんですけれどもね。

村上龍の新作「55歳からのハローライフ」を読んだ際にも感じたことだし、こうやって村上本棚をあらためて眺めてもつくづく思うのだけれども、今や日本を代表する偉大な小説家であるこのおふたりは、いつの時代でも果敢に新しい挑戦をされていて、作品はもちろんその姿勢そのものに感動させられてしまいます。
新作をリアルタイムで読める時代に生まれたことを、幸せに思います。

余談ですが、昔のエッセイには、お互いの話題がたまに出てきますし、両氏の対談集も出版されています。
村上龍さんと村上春樹さんにかつてのような親交はもうないのかもしれませんが、お互いにリスペクトというか、ある種の共闘意識のような感情がうかがえる記述を今でもたまに目にすることがあり、双方のファンとして嬉しくなります。
ちなみに、前出の対談本のタイトルの由来ともなっているあとがきの一節は、ふたりの関係を暗示していて、それから何十年も経た今でもグッと胸にきます.....!!
僕らが演奏家だったら、あのいかした曲を、ギターとベースで一緒にやれるのになあ、そう考える。 小説家は、同じ曲を演奏することができない

そのとき彼はようやくすべてを受け入れることができた。魂のいちばん底の部分で多崎つくるは理解した。人の心と人の心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びついているのだ。痛みと痛みによって、脆さと脆さによって繋がっているのだ。悲痛な叫びを含まない静けさはなく、血を地面に流さない赦しはなく、痛切な喪失を通り抜けない受容はない。それが真の調和の根底にあるものなのだ。

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」   村上春樹 著 より

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」 村上春樹著

  • 2013年4月21日 18:36
  • Posted by: かえる

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