本 Archive
パパとあたしのキャンプ
パパとあこちゃんと犬のサスケが、キャンプをするという内容の絵本。
テント張ったり、薪を集めて焚き火したり、みずうみで遊んだり。
キャンプはいいね。
子供はちょっとだけ大人になり、大人は子供の頃のあの気持ちを思い出す。
犬は犬で、楽しそうだし。
ずいぶん昔、あるキャンプ場で、二人きりでキャンプ中の中年男性と小学生位の男の子の様子ががあまりに素敵で、なんだか羨ましいような気がして、しばらくボケッと見とれてしまったことがある。
会話は聞こえなかったが、おそらく親子なのだろう。そして、息子さんはダウン症児のようだった。
ぼくは、「もしかしたらこういう風に感じるのって、内なる偏見とか差別意識によるものなのだろうか?」とちょっと不安に思ったりもしたのだが、そのうちにどうでもよくなってしまった。
テントを立てたり、水を汲みに行ったり。二人とも、とても楽しそうだったからだ。
たぶん父親は、本当にキャンプが好きな人なのだろう。そのことだけは、遠くから眺めているだけでもよく分かった。すごく格好のいいキャンパーだった。
今でも強く印象に残っています。
「ねえ パパ。ママは とおくの まちに いるんだよね。」
「パパとあたしのキャンプ」 作・絵 / 鈴木永子 より
「そうだよ。」
「パパは どこにも いかないよね。」
「どこにも いかないよ。さあ、おやすみ。」
何らかの理由で亡くなってしまったのだろう(あるいは離婚をしたのか...)、あこちゃんのママはキャンプに参加していない。
でも、いいさ。あこちゃんもパパもサスケも、楽しそうだ。
誰だって皆、それぞれ小さな痛みや不安や事情をかかえて生きているんだ。
そう、キャンプはいいね。
- 2009年7月 4日 20:45
1Q84、あるいは勇気について
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話題沸騰、売れまくりらしい村上春樹の新作「1Q84」、やっと読み終わりました。
希望、いや勇気に関する物語。
村上春樹さんは、勇気のある作家だ。
元々その作品群は、日本の社会とかブンガクとか、そして日本語そのものからも一定の距離をおくことによって人気を得てきたはずである。物語の発するメッセージというよりは、暗喩的な展開や洒脱なレトリック、「僕」の物語でありながらどこか第三者的な世界観に、みんな魅了されたのだ。
しかし、よく言われるように、海外での生活、阪神大震災、地下鉄サリン事件、9.11、を経てからの作品は、彼なりのスタイルで必死に日本の社会、そして世界へとコミットを始めた。
それが、純粋に作家としての好奇心・向上心からなのか、ある種の責任感に由来するのか、一人の人間また自立した社会人として成長・成熟した結果なのか、いったい何故なのか?はよくわからない。いずれにせよ、人気作家として勇気ある姿勢だと思う。
なにもそんな挑戦をしなくても、書いた作品は飛ぶように売れる状態にあったわけだから。
ともかく、この作品はそんな村上春樹の新しい挑戦の集大成であり、村上春樹の新しいニホンゴにも出会える。
ぼくがすごく好きな初期の作品に「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」という短編があるのだが、この「1Q84」は物語の大きな骨組み、いやモチーフと言うべきか、ともかく何かしら共通の要素を持っている。
しかし、ふたつの作品は、あらゆる意味でまったく異なる性格を持ち、最終的に別々の方向を向いている。
そして、そのことが村上春樹さんのデビュー以来の勇気ある歩みを象徴しているように、ぼくには感じられるのです。
「死は生の対極としてではなく、その一部として存在する(「ノルウェイの森」より)」
ように、物事の光と影、そして善と悪も、また互いに内包される不可分な存在である。
これまでと同じ主題が提示されるが、その非情な真理に対する姿勢は変化を見せている。
もう、「僕」はただ途方に暮れるだけではない。
彼の、あるいは我々の、勇気は、彼女の、あるいは我々の、「灰色の迷宮」に向けられた銃口に、打ち勝つことが出来るのだろうか?
日本だけですでに100万部を超えたというこの作品の読者は、果たしてどう感じたのだろう。
彼女はこれまでに自分が失ってきたもののために泣いた。
「1Q84」 村上春樹 著 より
これから自分が失おうとしているもののために泣いた。
- 2009年6月10日 00:48
未完の傑作
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栗本薫さんが亡くなられた。
以前にも記事にしたが、「グイン・サーガ」シリーズは、この四半世紀以上に渡って、新刊が出る度に欠かさずに読んできた。
ぼくが書店に行ってまず最初に確認するのは、「グイン・サーガ」の新刊が出ているかどうか?である。
単なる好きな小説とかそういうレベルではないのだ。
最近のあとがきでは、闘病生活に触れられていることも多く、正直いつかこのような日が来ることを予期していたとはいえ、やはりショックです。
すでに本編126巻が発表されている世界最長の大河小説「グイン・サーガ」は、永久に未完のままとなってしまった。
きっと、一番悔しいのは、栗本薫さんご本人だろう。
ある種の小説家は、比喩ではなく本当に、ひとつの宇宙を創り出すことが出来るのだ。
そのことを、ぼくはこの小説から教えてもらった。
ご冥福をお祈りいたします。
かれらは運命の神ヤーンによって動かされていた。しかしかれら自身は自らが運命の糸の上にあることを、未だ知らなかった。
グインサーガ(1) 「豹頭の仮面」 栗本薫 著 より
- 2009年5月27日 22:12
串田孫一の美しい言葉、あるいはボタニカルアート画文集「野生の花」
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何度も書いているが、串田孫一さんの「断想」にはいつもウットリとさせられてしまう。
この「野生の花」は、32種の野生の花を題材とし、荒谷由美子さんが絵を、串田孫一さんが文章を担当した、ボタニカルアート画文集なのだが、序文となる「花についての断想」が(もちろん、本文もだが...)例によって実にシビれる美文なのだ。
古書店の店頭でページをめくり、最初の3行を読んだ時点で、レジに向かってしまいました。
私は自分の部屋に花を飾る習慣がない。だが、私を訪ねて呉れた人が玄関に立ち、小さい花束を差し出したらば、それを受取る時の作法は心得ているつもりである。
その花に似合った花瓶の一つを選び、早速訪問客と私の間の卓の上に置く。そこに置くのには少し大き過ぎれば、脇に場所を仮りに設けて、雰囲気を作る。するとそこに、花と人間とが長い間続けてきた歴史が見えてくる。
好意が新しい舞台をしつらえる。仮令(もし)一匹の蝶が、開け放った窓から舞い込んで来て、その花の一つにとまるというような演技を見せて呉れなくても。~中略~
知らない花を見る度に、何とかして名前を知りたいものだと焦るのは、本当は餘りいい習慣ではない。名前を忘れた花を見ると、直ちに苛立ちが起こって、多分顔を顰めている。花はその人の顔を不思議そうに見ている。
「野生の花」 文:串田孫一 絵:荒谷由美子 アトリエ風信刊 より
人は自分達の附けた花の名称の波を泳ぎ廻ろうとして、溺れそうになっている。
花を忠実に丁寧に写生することにより、(例えばドクダミであっても)「美しさがよく判り出し、匂いも大袈裟にいやがるようなことがなくなった。これによって得た教訓は大きかった」
と書かれているが、もちろん素人の写真撮影の対象としても、花は魅力的である。
たとえ道端に咲いているありふれた雑草のような花でも、レンズを通してじっくり見ると、そして好みのアングルで切り取ってみると、やはりどれもこれもキレイだからね。
でも、こんな風に書かれているのを読むと、思わず絵を描く趣味を持つ人のことが羨ましくなってしまいますな。
写真には恐らく別の教訓があるに違いない。然し描くことは時間を忘れての花との附合いがあり、想いの交換があり、それを基盤にした悦びがある。
「野生の花」 文:串田孫一 絵:荒谷由美子 アトリエ風信刊 より
ところで、ちょっと調べてみた範囲では、どうもこの画文集「野生の花」は、すでに絶版のようだ。
絵も文章も、とても美しい本なのに残念です。
- 2009年4月11日 21:21
ずーっと ずっと だいすきだよ

小さな子供がいると、絵本を読む機会が多い。
まぁ絵本に限らないのだが、子供向けの作品に大人になってから接すると、ミョーに感心したり感動したりしてしまうことが多いものだ。
最近になって、本を読んでもらうことがますます好きになってきたらしいミドリ。
図書館や書店で、逆にこちらが、子供の頃に好きだった絵本が現在でもよく読まれているとを知って懐かしんだり、初めて知る物語にハッとさせられることも多い。
今日は、たまたま手に取った「ずーっと ずっと だいすきだよ」に、思わずジィ~ン。
うううぅー、この本はヤバイ。ヤバイです。
- 2009年2月28日 23:54
マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと

犬と暮らし始めると、飼育書の類はもちろん、本のタイトルに「犬」とあるだけで、思わず反応してしまうものだ。
「Marley & Me - life and love with the world's worst dog」は全米で200万部を超えるベストセラーであり、その日本語訳となるこの「マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと」も、仕事帰りにいつも立ち寄る書店で長い間平積みにされていた位だから、日本国内でも相当多くの人に読まれているだろう。
もちろん気にならないわけがなく、何度も手に取ってはみたものの、「やんちゃなラブを飼い始めたカップルに子供が生まれ、やがて犬も年老いていき....」といった内容は、個人的にあまりに過剰に感情移入してしまいそうで、何となくそのままになってしまっていた。
しかし、映画化作品(モータン、予告編見ただけで泣いてます....)の日本公開も近づき、先日あわてて原作を読了したという次第である。
もっと犬のことを、特にラブラドールのことを、よくわかった人が慎重に育てていれば、マーリーはあれほどストレスまみれで破壊行動に走ることもなくあれほど雷の音に怯える必要もなかったのではないか?、(飼い主なりに犬を愛していたことはわかるが)要するに巷によくある「おバカな飼い主を持ってしまった気の毒な犬の話」なのではないか?.....といった感想を述べるのは簡単だろう。
マーリーの問題行動やそれに対する家族の対応に、本来行うべきであった「正しい」対処方法を指摘することも、それほど難しいことではないかもしれない。
でも、この本を読んで、そんな気持ちになる人は、おそらくほとんどいないだろう。
犬と暮らすからには、壁は壊れるし、クッションは破裂するし、敷物はぼろぼろになるものだ。どんなつきあいにも犠牲はつきものだ。僕らはその犠牲を受け入れたし、マーリーはそれに見合うだけの喜びや楽しみや保護や仲間意識を与えてくれた。マーリーにかかった費用や修理代などを総計すれば、きっともうヨットを買えるくらいにはなっていただろう。けれど、ヨットを何隻持っていたところで、玄関で一日中帰りを待っていてはくれない。膝に乗ったり、一緒にそりで丘を滑ったり、顔をなめたりはしてくれない。
「マーリー」ジョン・グローガン著 古草秀子訳 より
著者ジョン・グローガンの文章は、新聞社のコラムニストらしいウィットに富み、(犬の飼い主にありがちな独りよがりで視野の狭い愛情表現を避けて)やや距離をおきながらも、愛犬への眼差しはあくまでも優しく温かい。
犬と暮らす人ならば、あるいはかつて暮らした人ならば、きっと何度も頷き、笑い、胸の奥を摑まれるような気持ちを味わうことになるだろう。
(周囲の人に気味悪がられるから、電車の中で読むのは止めた方がいいかも.........)
なぜならばここには、幼稚な「正しい犬の飼い方」ではなく、より普遍的な「犬を飼うというのはどういうことなのか?」が描かれているからである。
「犬を飼うってステキです -か?」にも、平岩米吉の数々の著作にも、そしてこの「マーリー」にも、犬との暮らしを描いた優れた書物にはすべて同じコトが書いてある。
犬と暮らし、やがてこの感慨を持つに至った人は、きっと幸せな飼い主であろう。
そして、その家族と共に暮らした犬の生涯もまた幸せであったと言える、と信じたいものですね。
それを象徴するかのような場面がこの本には登場するが、おそらく映画の中では非常に美しいシーンとなっていることだろう。
なんとなく、映画化にとても向いた作品だと感じます。公開が待ち遠しいです。
そんなこんなで、映画「マーリー」のホームページをチェックしてみたら、コレ発見!
さっそく、我が家の愛しきバカ犬・モーフィーとミドリ連れて、写真撮りに行かなくちゃ~~~!!!
※後日注
自分で書いておきながら、きれいサッパリ忘れていて、結局応募せずじまい.......
コメントくださった、しずくパパさんは見事入賞されたようです。
ウラヤマシィ~~&おめでとうございます!!!
------------
※以下引用は、ある意味ネタバレっぽいのでご注意くださいませ。
常識はずれな考えかもしれないけれど、マーリーを失ってみてはじめて、すっかり合点がいったことがある。マーリーは良き師(メンター)だったのだ。教師であり、手本だったのだ。犬が--それもマーリーのような、かなりいかれた、やりたい放題の問題犬が--人生において本当に大切なのはなんなのかを、身をもって人間に示すなんて、できるのだろうか? 答えはイエスだと僕は信じている。忠誠心。勇気。献身的愛情。純粋さ。喜び。そしてまた、マーリーは大切でないものも示してくれた。犬は高級車も大邸宅もブランド服も必要としない。ステータスシンボルなど無用だ。びしょぬれの棒きれ一本あれば幸福なのだ。犬は、肌の色や宗教や階級ではなく、中身で相手を判断する。金持ちか貧乏か、学歴があるかないか、賢いか愚かか、そんなこと気にしない。こちらが心を開けば、向こうも心を開いてくれる。それは簡単なことなのに、にもかかわらず、人間は犬よりもはるかに賢く高等な生き物でありながら、本当に大切なものとそうでないものとをうまく区別できないでいる。
「マーリー」ジョン・グローガン著 古草秀子訳 より
- 2009年2月21日 14:12
センス・オブ・ワンダー
かの「沈黙の春」
の著者であるレイチェル・カーソンの最後の作品。
海辺の別荘で、甥のロジャーと過ごした日々の随想を、美しく力強い文章で綴っている。
子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。
もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。
この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。
「センス・オブ・ワンダー」 レイチェル・カーソン著 上遠恵子訳 新潮社刊 より
いやはや、まいりました。とてもとても素敵なエッセイです。
生物学者や作家というよりも、この女性はロマンチックな詩人ですねぇ。
思えば「沈黙の春」も、あの静かな恐怖を感じさせる序文がなかったら、その後大きな環境保護ムーブメントを巻き起こすきっかけとはならなかったのではないでしょうか。
多くの親は、熱心で繊細な子どもの好奇心にふれるたびに、さまざまな生きものたちが住む複雑な自然界について自分がなにも知らないことに気がつき、しばしば、どうしてよいかわからなくなります。そして、
「自分の子どもに自然のことを教えるなんて、どうしたらできるというのでしょう。わたしは、そこにいる鳥の名前すら知らないのに!」
と嘆きの声をあげるのです。
わたしは、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭をなやませている親にとっても、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。
子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。
幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。
美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます。
消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道を切りひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。
「センス・オブ・ワンダー」 レイチェル・カーソン著 上遠恵子訳 新潮社刊 より
子どもを連れて山歩きをしていると、「花の名前とか知ってないと、聞かれたときに格好悪いよなぁ」なんて思ったりもするのですが、大切なことはそういうことではないのですね。
せっかくの機会だから正確な知識を身につけて欲しい、と願うのも場合によっては間違いなのかも。
人間を超えた存在を認識し、おそれ、驚嘆する感性をはぐくみ強めていくことには、どのような意義があるのでしょうか。自然界を探検することは、貴重な子ども時代をすごす愉快で楽しい方法のひとつにすぎないのでしょうか。それとも、もっと深いなにかがあるのでしょうか。
わたしはそのなかに、永続的で意義深いなにかがあると信じています。
「センス・オブ・ワンダー」 レイチェル・カーソン著 上遠恵子訳 新潮社刊 より
ともかく、感動しました。
子育てをしている人にはもちろん、そうでない人にもオススメ出来る、味わい深い一冊です。
久しぶりに行った中古レコード・古書店でたまたま見つけたのですが、何となく気になって、そのままレジに向かったのです。
そういう本との出会い方って、なんだかイイものですね。
- 2009年1月31日 20:12
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